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黎明期を知らない私は、如何にして軸を見つけ、味気あるウェブサイトを作っていくのだろうか

私はインターネットの黎明期を知らない。知らないというのは知識としてではなく、経験として。私が初めてインターネットの存在を認識して利用するようになったのは2011年、中学生の頃だった。親の教育方針だったのか、それとも単に縁がなかったのか、私がインターネットの存在を認識した時期は遅かったと思う。

国内においてインターネットが急速に普及した期間は2000年から2010年頃だろう。インターネットのルール整備が事業者間の競争を生み、高速・定額料金・常時接続のブロードバンドが普及した。この影響で2005年頃には情報の双方向化が行われるようになり、ブログやSNSなどの双方向コミュニケーションツールが誕生した。個人の発信力が増した時代といえる。そして2007年にはiPhoneの初号機が誕生した。翌年2008年にはiPhone 3Gが発売され、国内ではソフトバンクが独占販売を開始した。その後スマートフォンの普及は進み、2010年には、初めてモバイル端末からのインターネット接続利用者数がパソコンからの接続者数を超えた。

私がインターネットの存在を認識して利用し始めたのはこの時代。既にスマートフォンが人々の生活を変えた時代だった。だから私は黎明期を知らないし、ついでに普及期も知らない。

当時はモンスターハンター ポータブル 3rdが発売されたこともあり、勉強そっちのけでゲームばかりしていた。そんな時、友人からゲーム実況の存在を聞かされた。インターネット上では顔も知らない他人が、ゲームをする様子を見て楽しむ文化があることを知った。以降、スマホを買って貰えるまでは、親のパソコンを内緒で使い、ゲーム実況を見ていた記憶がある(ワンセグ機能付きのガラケーは持っていた)。自分用のパソコンは大学生になるタイミングで購入した。

ブログ運営を始めたのは2019年の9月頃だった気がする。このブログの前身となるSENRIBLOG(名称は同じ)の運営を始め、いくつかサイト運営をしてきた。初期の頃は#ブログ書けや#ブログ初心者みたいなハッシュタグ付きのツイートをしていた記憶がある。今となっては意味が分からない意識高い発言をしたこともある。何故ならこの界隈は、これが普通で当たり前のことなのかと思っていたからだ。ブログ初心者はこうやれみたいなある種マニュアルに沿って検索上位を目指し、生み出すものは右倣えのコンテンツだった。

検索エンジン、主にGoogleが使いにくくなったという話をよく耳にする。以前の利便性について詳しく知らないが、確かに今のGoogleは使いにくく感じる。似たような記事が乱立し古い情報が残り続ける、一度の検索で目的を達することが難しいと感じる時がある。ググった際のワクワク感もない。しかし、この問題はGoogleだけのものなのだろうか。

昔のインターネットは面白かったという話を耳にすることがある。昔とはhtmlタグベタ打ちの時代だろうか。私がインターネットに触れ始めた時代でないことは確かだ。ブログの運営を始めた初期の頃からこのような話を耳にすることが増えた。古参のブロガーを観測するようになったからだと思う。昔はそんな人々を見て、あぁこの界隈にも懐古主義的な人々はいるんだぁと思ったりしていた。

私は一先ず行動し様子を見る癖があるため、定期的に自分の来た道を振り返ることにしている。ブログについても1年程経った時にふと振り返ってみた。結果、大学院の片手間に紆余曲折しながら続けてきたブログが、なんとも無味無臭でつまらないものになっていた。他人から見て面白いかつまらないかという話ではない。自分のログとしてつまらなかったのだ。盲目的な郷に入っては郷に従え精神による産物だろう。

2021年2月にこのブログを再スタートした。それまでに書いていた記事の多くは削除した。SEOに囚われることを辞め、検索エンジンの椅子取りゲームを辞めた。検索上位の記事から得た持論の展開を辞めた。

私はインターネットの黎明期を知らない。今となっては遺産を探すことでしか、インターネットの古き時代を知る術がない。時が経ち、以前は懐古主義的だと思っていた人々のことを羨ましく思うようになるとは。基準を知らず、殻を破る才もなく、それでいて違和感に対する嫌悪感だけは持っている私は、この先どのようにウェブサイトを作っていくのだろうか。

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